ひよっこ心理カウンセラーのブログです。 こころの健康のためのお手伝いが出来たら幸いです。
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被災地へ行く
2011-07-25 Mon 00:00
7月15・16日、宮城と岩手に行ってきました。私が所属しているボランティア団体が運行するバスに乗って。

訪れた目的は、私たちがやっている、首都圏への滞在をサポートするボランティアの広報活動と、個人的にはカウンセリングの案内ならびに、被災地の方のケアもかねて、というものでした。
福島も本当は行きたかったのですが、2日間で東北をまわって帰京するには、バスのルート的に福島を深夜に通過することになるのです。被災3県を全てまわるのは、今回のルートでは不可能でした。うーん、、、残念。


2日間で、石巻、南三陸町、気仙沼、陸前高田、大船渡、釜石と周る予定。

この日の夜は茨城で余震があり、久しぶりに東京でもわりと揺れました。びっくりした。
震災後はじめて行く東北の地を思い、バスの中では一睡も出来ず。


朝4時台、宮城を走行中。ここはまだ、のどかな東北の風景です。なんとなく心が落ち着く。
夜明け。この日は霧が深く、朝焼けが幻想的でした。

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少し進むと、ドキッとする景色に突然出会います。本当に突然、景色が変わるのです。

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心臓を鷲掴みにされるような光景が、目の前に広がり始めました。

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霧のなか、この光景がずっと、延々と続きました。涙が溢れました。

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当たり前だけれど、ここには生活があったのですよね。
どんな建物があって、どんな町だったのかはもう分からないけれど、確かにここには人もいて、動物もいて、お店もあって、土地の文化もあったのですよね。


会うひと会うひと、私たちの活動を歓迎してくださるし、満面の笑みで迎えてくださいました。

石巻と気仙沼の方々も、お話を聞けば、ご家族も亡くし仕事も失ったり、あるいは事業をやっていた方は、当初の借金も終わっていなかったのに、今回でさらに借金を持ってしまったとのこと。
自衛隊や消防、警察の方々とも連携して、たくさんのご遺体を捜しご供養したと言います。私と年齢も近く、まだまだお若い方々です。
私にはとてもじゃないけれど、この方々のお役には立てない、という気持ちが一瞬頭をよぎりました。
でも私はカウンセラーです。
その場でじっくりお話を伺うことは出来なかったけれど、必要なときには良かったらカウンセリングルームにご連絡いただけるようにと、ご案内してきました。


あちこちで、『がんばろう気仙沼』とか、『がんばろう東北』とか、そういった看板を見ました。『復興支援ありがとう』とか『ご苦労様』という看板も。
がんばるのは私たちだけでいいよ、東北のみんなはもうがんばらなくていいよ。そう言いたくなりました。



バスは陸前高田と大船渡、そして釜石に向かいます。午前9時ぐらいには、霧は晴れて夏空が見えてきました。
痛々しい光景が、ずっと続いています。

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車が横転したままになっていたり、建物がおもちゃのように転がっていたり。
元は誰かの大切なものたちだったのに、瓦礫となって積みあげられた品々。本当に山のように連なっています。その高さはビルの2~3階ぐらいまでは裕にあります。
池のように水がたまっているところも多くあります。
このあたりは、海の近くではありません。

どうやって、この広大な土地を綺麗にすればいいのだろう、と呆然としてしまいました。何時間走っても、こうなのです。
けれど震災直後から見たら、これでも相当片付いたのだそうです。



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捜索もまだ続いているようです。
自衛隊の方々もたくさん見かけました。


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復興作業にあたる方々。重機の背中に「絆」の文字。
旗がたくさんありました。ここもご遺体が見つかった場所なのでしょうか。
写真は撮りませんでしたが、お花を手向け、合掌する方の姿もありました。


陸前高田の避難所で、再び土地の方々とお話をしました。
廊下を走り回って遊ぶ子供たちの姿、ちょっと恥ずかしそうに笑いながら会釈してくれる学生たち。
どこに行っても私たちを笑顔で迎えてくれる、誰に話しかけても皆にこやかにこたえてくれるのです、100%です。もしかしたら、それは私にとって生まれて初めての経験だったかもしれません。
まさかここで、そんな経験が出来るなんて。



避難所には、お年寄りの方が多くいらっしゃいました。お話の中で、時折「仮設がまだ当たらなくて」と、表情を曇らせる方もいらっしゃいました。

床には一応、段ボールやシートや毛布のようなものを、なんとなく敷いてはあるものの、これでは身体も休められないだろう、もう4ヶ月もこのままなんて・・・食事だって、満足できるものなんてないだろうし、夏場の洋服だってないんじゃ・・・

そういう状況だと私も知ってるはずなのに、実際にその場に行くと激しく動揺します。何かせずにはいられない気持ちになります。

避難所の隅のほうには、「看護師」と背中に書いてある方々もいらっしゃいました。
そうだった、この避難所でも、たくさんの方が命を落としたんだ。今ここにいる方々は、それを見てきたんだ。私たちを笑顔で迎え入れてくれるこの方々は、私には想像できないほどの傷を負ってる。そう思うと、身体が震えました。




不思議だったのが、津波にやられている場所と、そうでない場所が、ほんの何メートルかの境ではっきり別れていること。
歩いても数分かからないような距離で、全く違うのです。
生きるとか死ぬとかいうことは、本当に紙一重なんだと感じました。何が生死を分かつのかは、私にはわからないけれど。


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陸前高田では、先月ご縁をいただいたある方と再会しました。
満面の笑みで、私の訪問を喜んでくれました。以前よりお顔色がよくなったようで、私も安心。
仮設に移ってからの日々のこと、これからやっていく事業のこと、この土地の子供たちのこと、ご家族のこと、短い時間ながらもいろんなお話を聞くことが出来ました。
別れ際も固い握手。

この方が東京にいらしたときにも、今回の再会のときにも、そんなにじっくりとお話できたわけではないのですが、なんだか、私は勝手に家族のように思っているし、これから先もずっと、このご縁を大切にしていこうと思っています。
この方だけに限らず、これからもっと広がっていくはずの、被災地の方々とのご縁。それはどう考えても一生ものです。

カウンセラーとして、お役に立てるのかは正直わからない。でも、私という一人の人間としても、何かせずにはいられない。
もうどっちでも何でもいいから、ただ心を共にしていきたい。そう思うのです。



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こういう景色もあるんです、美しい東北はたくさん残っています。
たとえ瓦礫がたくさんあって、ぼろぼろに傷ついて見えても、東北の美しさは変わらないし、強さも優しさもそのままです。
この土地の息吹というか、生命の響きのようなものは、とってもとっても感じました。
ああ、大丈夫、この土地は更なる幸せな復興を必ず遂げる。そう確信しました。本当に。


そして、人間って本当にすごいと思いました。
被災地の方々は、神奈川の私にくらべて何倍も早く、前を向いて進んでいらっしゃるのです。
しかも具体的に、いつまでに何をどうするのかなど、ちゃんと考えて行動していらっしゃいます。

釜石でお話した方も、ご自分の好きなファッションの分野を仕事にしようと、地元でお店をはじめるべく動いていらっしゃるそう。
ご年齢は私の母の少し下ぐらい、ご主を震災で亡くし、お子さんは上京しているそうです。でもはじめは一人でも、釜石で地元の女性を雇って、お店をやっていきたいとのことでした。
その方に限らず、みんな、です。
とてつもない痛みや悲しみを抱えているのに、誰よりも強く、たくましく進んでいます。
本当に、考えられないほどの強さ、しなやかさ、優しさ、そういうものを、みんな発揮していました。

心から、この方々はすごいと思いました。どうか、これからの人生を最高に幸せに暮らしてほしい、そう願わずにはいられませんでした。


私も、まだまだこれからたくさん、この地の復興のお手伝いをしていかなきゃです。
東北の方々とも、また日本全国の方々とも繋がって、新しい日本を作り、未来の世代に渡したいと思います。
今こそ、自然と人、皆一つになって、共生していく時代なのですね。



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一本だけ立っている松の木。


日本の多くの方に、どうかご自分の目で、日本の一部であるこの土地を、見てほしいです。
他人事とは思わないでほしい、被災地とそこに住む方々を、どうか忘れないでいてほしいです。

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