ひよっこ心理カウンセラーのブログです。 こころの健康のためのお手伝いが出来たら幸いです。
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相手と合わなくなったときは、、、
2012-06-09 Sat 15:00
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湘南ではなく。確かオーストラリアのボンダイです。きれいだなあ~☆



さて。以前は仲がよかったのに、なんとなくその人と一緒にいるのが不自然な感じがしたり、疎遠になっていく相手っていると思います。

家族でも恋人でも友達でも、気が合わなくなるというか、なんとなくお互いの出す空気が合わなくなることってありますね。

何か具体的なキッカケがある場合もあるし、そうではないけど「あれ?なんか違うかも?」みたいに感じる場合もあると思います。


そういうときに、体裁を気にしたり、嫌われたくないと強く思いすぎたりして無理に一緒にいると、すごく疲れちゃったりもします。
それで余計に、相手に対していやな感じがしてきてしまったり。

そういう空気って伝わるものですから、相手もなんだかいやな気分になっていくんですよね。
それってなんだか色々もったいないですよね。



自分も相手も考え方が変わってきたり、それまでは知らなかった相容れない側面を発見したりすれば、気が合わなくなるのは自然なことだと思います。

そのときに、「自分はこのひとと一緒にいたいか、いたくないか」、自分の責任において決めればいいのでは?と私は思います。
自分の心に従うことが一番だと思うし、そこに責任をもつしか出来ないようにも思います。

小説などの一幕と二幕で登場人物が変わるのと同じようなもので、違うステージが来たら、それぞれの登場人物がそれぞれの物語を展開していくものなのだと思います。



ちなみに私の場合は、人に嫌われたくないとか、一人ぼっちになってしまうんじゃないかみたいな孤独感とか、相手に不快な思いをさせてしまったのではという自責の念とか、そういうのが強いタイプなのです。

なので、離れること自体は選択できても、その後に葛藤することがありました。(今も多少あるかな)

でもこれはやっぱりちょっと違う気がします。

誰かと距離をおいたとき、相手への感謝とこれからの幸福を祈る気持ちを持つならば、それはお互いにとって新たな門出であり祝福すべきことですからね。

人に嫌われたくないと強く思うのはエゴの声だし、孤独感は自信のなさだし、自責の念と謝罪は別物だったと、今は思います。



「今は距離をおく」ということは、自分にとっても相手にとっても、新たな出発点にたったという意味なんだと思います。

感謝を持って相手を手放し、相手の幸せを心から祈って、自分は自分の進むべき一歩を踏み出せばいいのではないでしょうか。

もしかしたら、またお互いに気が合って一緒に楽しく過ごすようになるかもしれないし、感謝のなかで終焉するのかもしれないし、それはいまの自分にはわからなくてもいいことです。

怖がらなくても大丈夫。

出会いと別れは常にセットです。抵抗しようが執着しようが来るときは勝手に来ます。
いずれににしろそうならば、自分の心に忠実に、愛において進めばいいのだと思います。


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